メイド・イン・友禅 [友禅の誕生]
〜元禄で花咲く2人のカリスマ絵師〜

[宮崎友禅斎]
今から遡ること330年ほど前、京都は東山知恩院門前に宮崎友禅斎という扇絵師がおりました。この友禅斎が描く扇は大変な人気で、井原西鶴の好色一代男にも書かれるほど。さながら現代のカリスマ・ポップアーティストのような存在だったようです。

町衆ファッションが隆盛を極めた天和3年(1683年)、奢侈禁止令により刺繍や鹿子絞り小袖の製造や販売、着用が禁じられてしまいます。規制の厳しい時代、禁令に触れない染め技法として、白生地に紋様の輪郭線を糸目糊で描き、その中に豊かな彩色を施す新技術「本糸目染」が開発されました。

元々定評のあった友禅斎の文様と、絵画的表現が得意な「本糸目染」技法で染められた友禅小袖は、たちまち都の大流行となりました。また友禅斎のデザインを集めた「ゆうぜんひいながた」というスタイルブックが発行され、日本中に友禅文様が広まったということです。今では、絵画的な小袖文様を「友禅”紋様”」、本糸目染技法を「友禅”染”」と呼ぶように、宮崎友禅斎の名である「友禅」は、デザイン様式と染め技法の2つの意味をもつ言葉として私たちに伝わっています。

1 | 2 | 3 | 4

有限会社ジャパンスタイルシステム |  サイトマップ  | お問い合わせ |

Copyright (C) Japan style system Co.,Ltd. All Rights Reserved.